まるで別の野菜に出会ったような――万願寺とうがらしと「旬」の話
東京・神泉で「ぽつら ぽつら」「うつら うつら」を営み、両店でミシュラン・ビブグルマンを獲得した料理人・米山有(ヨネヤマ タモツ)氏が綴るコラムです。万願寺とうがらしを通して、「旬」の移ろいと京野菜の奥深さを語ります。
初夏と盛夏で変わる万願寺とうがらし
ある夏のことでした。私は、いつものように届いた万願寺とうがらしを手に取って、ふと「これ、本当に同じ野菜なのかな」と思ってしまったんです。
6月の頃の万願寺とうがらしは、手に取るとしっとりとした艶があり、切ると青々しい香りがふわっと立ちのぼります。火を入れると皮は軽やかに弾け、かすかにほろ苦くて、どこか涼しさを感じさせる味わいに。まるで初夏の朝の空気を閉じ込めたような、みずみずしい一皿になります。
ところが8月になると、がらりと表情が変わるんです。果肉は厚みを増し、包丁の刃がすっと吸い込まれるようなやわらかさに。火を入れれば甘みが広がり、とろけるような食感に。焼き目の香ばしさと合わされば、夏の盛りの濃密な空気をひと口で思い出させてくれます。
同じ「京野菜」、同じ「万願寺とうがらし」なのに、こんなにも姿を変える——まるで別の野菜に出会ったような驚きでした。
万願寺とうがらしの基本データ
万願寺とうがらしは京都府舞鶴市が発祥の京の伝統野菜です。長さ15〜20cm、果肉の厚さは3〜5mm。カプサイシンが少なく辛みはほぼゼロで、ビタミンCはピーマンの約2倍含まれます。
出荷時期は5月下旬〜10月上旬。6月の初物は皮が薄くシャキッとした食感、8月の盛夏ものは肉厚でとろける甘みが特徴です。JA京都にのくにが品質管理を行い、「万願寺甘とう」のブランドで流通しています。
「旬」とは野菜が自分らしくなる瞬間
「旬」という言葉を聞くたびに、私は単に「出荷のピーク」というより、その野菜が最も自分らしさを発揮している“瞬間”のことだと思います。
賀茂なすは初夏なら皮がやわらかく煮崩れやすいけれど、盛夏には身が締まり田楽にも耐える。九条ねぎも春と冬では香りもぬめりも変わる。堀川ごぼうに至っては、霜が降りてからが本番です。その風味は冬だけのごちそう。
こうした「旬の移ろい」を感じ取るには、やはり日々の仕入れで野菜に触れるしかありません。重さや色、香り。数字では測れない「その日の気配」を、そっと確かめながら積み重ねていくのです。
初夏と盛夏で変わる調理法の使い分け
6月の万願寺とうがらしは薄皮で水分が多いため、細かく刻んでサラダや出汁ゼリーと合わせる生食・半生の調理が映えます。強火で炙ると皮が焦げやすいので、中火で短時間が適切です。
8月の万願寺とうがらしは果肉が厚く糖度も上がるため、炭火で強めに焼いて焦げ目をつけ、かつお出汁に浸す「焼き浸し」が定番。火加減の違いで甘みの引き出し方が大きく変わります。
料理に表れる「今しかない旬」
料理をしていて面白いなと思うのは、「今日の万願寺とうがらし、どうやって使おうかな」と考える瞬間です。
6月なら細かく刻んで出汁のゼリーと合わせ、さっぱりとした前菜に。8月なら炭火でこんがり焼いて鰹出汁で含ませる。どちらも「旬」ですが、それはひとつの姿ではなく、季節の中で変化していく“その時だけの表情”なんです。
だから私は「今が旬です」という言葉を、断定ではなく「今しかないこの顔を、ぜひ味わってほしいんです」という願いのように伝えたいと思っています。
旬の移ろいを見極める五感チェック
料理人が仕入れ時に確認するポイントは5つ。(1)色:濃い緑ほど成熟。(2)ツヤ:表面に張りがあるか。(3)重さ:同じサイズなら重いほど果肉が厚い。(4)香り:青々しい香りが強いほど鮮度が高い。(5)硬さ:指で軽く押して弾力があるものが良品です。
これらのチェックは九条ねぎや賀茂なすなど、他の京野菜にも応用できます。
旬は生きている存在
食材と向き合っていると、「旬」はただの時期やスケジュールではなく、生きている存在のように思えてきます。そして、その小さな変化に気づけたとき、料理人としての感覚も少しずつ育っていくのです。
今日も野菜が届いたら、まずはそっと手に取ってみます。
「さて、今年の万願寺とうがらしは、どんな顔を見せてくれるだろう」——そう考えながら、静かに包丁を構えるのです。
万願寺とうがらしの保存方法と下処理
購入後はポリ袋に入れ、野菜室で保存すると5日ほど鮮度が保てます。冷凍する場合はヘタを取り、丸ごとラップで包んで急速冷凍。解凍せずそのまま焼くと、水分が飛びにくく食感が残ります。
下処理はヘタを切り落とし、種を取るだけ。種ごと焼いても辛みはほぼなく、パリパリとした食感がアクセントになります。伏見とうがらしも同様の下処理で調理できます。
京野菜の「旬」を暮らしに取り入れるヒント
京野菜カレンダーを冷蔵庫に貼っておくと、買い物の際に旬の野菜を意識しやすくなります。旬の京野菜は味が濃く、調味料が少なくて済むため、減塩にもつながります。
旬を過ぎた京野菜は乾燥加工することで旨みが凝縮され、通年で楽しめます。聖護院かぶらや聖護院大根の乾燥チップスは、スープの具材としても重宝します。
あわせて読みたい京野菜コラム
万願寺とうがらしの魅力をさらに深く知りたい方は、引き算の調理法やシーズナルコースの組み立て方もご覧ください。京野菜とは何かを体系的に知りたい方にも参考になります。
万願寺とうがらしの焼き浸しレシピ
盛夏の万願寺とうがらしを使った焼き浸しの作り方をご紹介します。まず炭火またはグリルで万願寺とうがらしを丸ごと強火で焼きます。表面に焦げ目がつき、皮がぷくっと膨らんだら焼き上がり。熱いうちにかつお出汁200ml・薄口醤油大さじ1・みりん大さじ1を合わせた漬け汁に浸し、冷蔵庫で2時間以上冷やします。仕上げに九条ねぎの小口切りとすりおろし生姜を添えると、夏らしい一品が完成します。
同じ要領で伏見とうがらしや賀茂なすの焼き浸しも作れます。京野菜の焼き浸しは、出汁の種類を変えるだけで味わいが一変するのも面白いところです。野菜の香りを閉じ込める調理法として、ぜひお試しください。
