料理人をしていると、「この一皿に、どんなお酒を添えようか」と考える時間が、実はとても楽しいものです。料理そのものを仕上げるのと同じくらい、お客様の表情を左右するのが“ペアリング”。京野菜を中心に据えた料理に、どんな一杯を合わせるか。その瞬間に訪れる調和は、言葉にできないほどの喜びがあります。
賀茂なすの田楽と純米酒の調和
たとえば、賀茂なすの田楽。
丸々と太った賀茂なすを油でじっくり焼き、甘めの白味噌をのせて仕上げる。そこに合わせたいのは、やはり日本酒。特に、米の甘みを感じさせる純米酒がしっくりきます。味噌のコクと酒の旨味が重なり合うと、なすの柔らかな果肉がさらにふくよかに感じられる。
実際にお客様の前でこの組み合わせを出すと、一口食べて一口飲んだ瞬間に、ふっと表情が変わるんです。驚きと安らぎが入り混じったような顔。あの瞬間を見たくて、私は料理と酒を組み合わせ続けているのかもしれません。
賀茂なすの田楽に合う日本酒の選び方
賀茂なすの田楽には、米の甘みがしっかり感じられる純米酒が好相性です。精米歩合60〜70%のふくよかなタイプがおすすめ。白味噌のコクと酒のアミノ酸が重なり、なすの果肉がさらにまろやかに感じられます。
京都の蔵元では、伏見の「玉乃光」や「月桂冠」が定番。地元の水(伏見の御香水)で醸された酒は、京野菜との相性が抜群です。温度は常温〜ぬる燗(40℃前後)がベストです。
堀川ごぼうと白ワインの意外な出会い
堀川ごぼうの煮物には、ちょっと意外かもしれませんが、京都の白ワインを合わせるのも面白いものです。ごぼうの土の香りや甘さに、白ワインの酸味とほのかな果実味が寄り添うと、ぐっと軽やかに感じられる。とくに、山廃仕込みのような重厚な日本酒を選んでしまうと、ごぼうの繊細なニュアンスが隠れてしまうことがあります。だからこそ、あえてワインでバランスを取る。和と洋が出会う瞬間に、食卓がふっと新鮮に色づくのです。
堀川ごぼうの煮物と白ワインの温度合わせ
堀川ごぼうの煮物に白ワインを合わせる場合、ワインの温度は10〜12℃がおすすめです。冷やしすぎると酸味が立ちすぎ、ぬるいと果実味がぼやけます。甲州やシャルドネなど、樽香が控えめなタイプを選ぶとごぼうの土の香りを邪魔しません。
京都丹波ワインや天橋立ワイナリーなど、京都府内のワイナリーも注目を集めています。地元の食材と地元の酒を合わせる「テロワール・ペアリング」は、サステナブルな食の観点からも意義があります。
京野菜と日本酒の深い関係
もちろん、日本酒と京野菜の組み合わせは奥深いものです。
たとえば九条ねぎをたっぷりのせた鴨鍋。脂の旨味とねぎの甘さが溶け合う鍋に、すっきりとした辛口の吟醸酒を添える。ねぎの香りが引き締まり、鴨の脂がさらりとほどける。逆に、ねっとりした食感の聖護院かぶらを出汁で含ませた煮物なら、ぬる燗にした純米酒が合う。熱すぎず、冷たすぎず、ちょうど人肌に寄り添う温度で味わうと、かぶらの甘さが一層引き立つ。お酒の温度まで含めて「料理の一部」だと実感します。
一杯も“料理”の一部として
料理人として大切にしているのは、「お酒も料理のひとつ」と考えることです。つまり、皿の上だけでは料理は完成していない。グラスを傾ける動作まで含めて、一つの体験になる。だから、単純に「肉には赤、魚には白」といった図式ではなく、その一皿の“呼吸”に耳を澄ませるようにして、酒を選ぶのです。
ペアリングの基本原則3つ
京野菜と酒のペアリングで意識したい原則は3つ。(1)「同調」:素材の甘みに甘みのある酒を合わせる。(2)「対比」:脂の乗った料理にすっきりした酒で洗う。(3)「補完」:素材にない要素(酸味・苦味)を酒で補う。
この3つを意識するだけで、家庭でも京野菜と酒のペアリングが楽しめます。香りの相性も重要な要素です。
季節ごとに変わる京野菜と酒の表情
京野菜が面白いのは、季節によって味わいががらりと変わること。
6月の万願寺とうがらしは青々しく、ビールや発泡系の日本酒と合わせたい爽やかさ。ところが8月のものは果肉が厚くなり、甘さが増すので、熟成感のある山廃純米や樽香のある白ワインが似合ってくる。同じ野菜でも、季節ごとにペアリングの答えが変わっていく。これは料理人として、本当に楽しい“問い”なんです。
一皿と一杯の理由を伝えるということ
お客様にお出しするとき、私はなるべく「組み合わせの理由」を軽やかに伝えるようにしています。「このごぼう、じつは白ワインと合わせると香りが広がるんですよ」とか、「今日はこのお酒をぬる燗にして、かぶらの甘さを引き出してみました」といったひと言。すると、お客様は「なるほど」と言いながらグラスを口に運び、実際に味わって目を見開く。その瞬間の共有が、料理人にとってかけがえのないご褒美です。
料理は人の手がつなぐ調和
酒と京野菜の関係を考えていると、ふと「料理って一人では完成しないものだな」と思います。素材をつくる農家さんがいて、酒を醸す蔵元さんがいて、器を焼く職人さんがいて。いろんな手が重なって初めて成り立つもの。私たち料理人は、その橋渡しをしているにすぎません。けれど、その橋の上で「一皿と一杯」が響き合ったときにだけ生まれる景色がある。その景色を見せたくて、今日もまた厨房に立っているのだと思います。
おわりに|三つが出会う場所に宿る味
一皿を仕上げ、グラスを添える。その瞬間に訪れる静かな高揚感。お客様の笑顔や驚きが、まるで音楽の余韻のように広がっていく。京野菜と酒のペアリングは、決して難しい理屈ではありません。素材と酒、そして人。その三つが出会う場所にこそ、料理の本当の魅力が宿っているのです。
季節別・京野菜ペアリング早見表
春:伏見とうがらしの天ぷら × スパークリング日本酒。夏:万願寺とうがらしの炭火焼き × ビールまたは発泡日本酒。秋:鹿ヶ谷かぼちゃの煮物 × 熟成純米酒。冬:堀川ごぼうの含め煮 × 山廃純米のぬる燗。
京野菜カレンダーと照らし合わせて、その月の旬に合わせた一杯を選んでみてください。
ノンアルコールで楽しむ京野菜ペアリング
お酒を飲まない方やドライバーには、ノンアルコールのペアリングもおすすめです。賀茂なすの田楽には京番茶(ほうじ茶系)の香ばしさが合い、九条ねぎの鴨鍋には玄米茶の穀物感が調和します。
乾燥京野菜を使ったベジブロス(野菜出汁)を食前にいただくのも、最近のレストランで取り入れられている新しいスタイルです。出汁と京野菜の関係を飲み物にまで広げた発想です。
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ペアリングをさらに深めるなら、「火加減と京野菜」で料理の仕上がりを変え、「器と盛りつけ」で視覚の演出も加えてみてください。引き算の料理と合わせた酒の選び方も興味深いテーマです。
