料理人をしていると、「この一皿に、どんなお酒を添えようか」と考える時間が、実はとても楽しいものです。料理そのものを仕上げるのと同じくらい、お客様の表情を左右するのが“ペアリング”。京野菜を中心に据えた料理に、どんな一杯を合わせるか。その瞬間に訪れる調和は、言葉にできないほどの喜びがあります。賀茂なすの田楽と純米酒の調和たとえば、賀茂なすの田楽。丸々と太った賀茂なすを油でじっくり焼き、甘めの白味噌をのせて仕上げる。そこに合わせたいのは、やはり日本酒。特に、米の甘みを感じさせる純米酒がしっくりきます。味噌のコクと酒の旨味が重なり合うと、なすの柔らかな果肉がさらにふくよかに感じられる。実際にお客様の前でこの組み合わせを出すと、一口食べて一口飲んだ瞬間に、ふっと表情が変わるんです。驚きと安らぎが入り混じったような顔。あの瞬間を見たくて、私は料理と酒を組み合わせ続けているのかもしれません。堀川ごぼうと白ワインの意外な出会い堀川ごぼうの煮物には、ちょっと意外かもしれませんが、京都の白ワインを合わせるのも面白いものです。ごぼうの土の香りや甘さに、白ワインの酸味とほのかな果実味が寄り添うと、ぐっと軽やかに感じられる。とくに、山廃仕込みのような重厚な日本酒を選んでしまうと、ごぼうの繊細なニュアンスが隠れてしまうことがあります。だからこそ、あえてワインでバランスを取る。和と洋が出会う瞬間に、食卓がふっと新鮮に色づくのです。京野菜と日本酒の深い関係もちろん、日本酒と京野菜の組み合わせは奥深いものです。たとえば九条ねぎをたっぷりのせた鴨鍋。脂の旨味とねぎの甘さが溶け合う鍋に、すっきりとした辛口の吟醸酒を添える。ねぎの香りが引き締まり、鴨の脂がさらりとほどける。逆に、ねっとりした食感の聖護院かぶらを出汁で含ませた煮物なら、ぬる燗にした純米酒が合う。熱すぎず、冷たすぎず、ちょうど人肌に寄り添う温度で味わうと、かぶらの甘さが一層引き立つ。お酒の温度まで含めて「料理の一部」だと実感します。一杯も“料理”の一部として料理人として大切にしているのは、「お酒も料理のひとつ」と考えることです。つまり、皿の上だけでは料理は完成していない。グラスを傾ける動作まで含めて、一つの体験になる。だから、単純に「肉には赤、魚には白」といった図式ではなく、その一皿の“呼吸”に耳を澄ませるようにして、酒を選ぶのです。季節ごとに変わる京野菜と酒の表情京野菜が面白いのは、季節によって味わいががらりと変わること。6月の万願寺とうがらしは青々しく、ビールや発泡系の日本酒と合わせたい爽やかさ。ところが8月のものは果肉が厚くなり、甘さが増すので、熟成感のある山廃純米や樽香のある白ワインが似合ってくる。同じ野菜でも、季節ごとにペアリングの答えが変わっていく。これは料理人として、本当に楽しい“問い”なんです。一皿と一杯の理由を伝えるということお客様にお出しするとき、私はなるべく「組み合わせの理由」を軽やかに伝えるようにしています。「このごぼう、じつは白ワインと合わせると香りが広がるんですよ」とか、「今日はこのお酒をぬる燗にして、かぶらの甘さを引き出してみました」といったひと言。すると、お客様は「なるほど」と言いながらグラスを口に運び、実際に味わって目を見開く。その瞬間の共有が、料理人にとってかけがえのないご褒美です。料理は人の手がつなぐ調和酒と京野菜の関係を考えていると、ふと「料理って一人では完成しないものだな」と思います。素材をつくる農家さんがいて、酒を醸す蔵元さんがいて、器を焼く職人さんがいて。いろんな手が重なって初めて成り立つもの。私たち料理人は、その橋渡しをしているにすぎません。けれど、その橋の上で「一皿と一杯」が響き合ったときにだけ生まれる景色がある。その景色を見せたくて、今日もまた厨房に立っているのだと思います。おわりに|三つが出会う場所に宿る味一皿を仕上げ、グラスを添える。その瞬間に訪れる静かな高揚感。お客様の笑顔や驚きが、まるで音楽の余韻のように広がっていく。京野菜と酒のペアリングは、決して難しい理屈ではありません。素材と酒、そして人。その三つが出会う場所にこそ、料理の本当の魅力が宿っているのです。まるで別の野菜に出会ったような――万願寺とうがらしと「旬」の話京野菜を活かす「引き算」の仕事料理人が京野菜を使う本当のわけ