日本の食卓に欠かせないりんご。しかし、その生産現場では深刻な課題が山積しています。青森県や長野県といった主要産地では、農業従事者の高齢化が進み、後継者不足が年々深刻化しています。2015年から2021年の6年間で、基幹的農業従事者は約30%も減少しました。さらに、地球温暖化による気候変動は、りんご栽培の適地そのものを変えつつあります。本記事では、りんご農業が抱える課題の実態と、未来に向けた解決策を詳しく解説します。高齢化と担い手不足という最大の壁りんご農業の最大の課題は、農業従事者の高齢化と担い手不足です。農林水産省のデータによれば、2015年の基幹的農業従事者は175.7万人でしたが、2021年には130.2万人まで減少しています。わずか6年で約45万人、率にして約30%もの減少です。新規就農者数も、2014年の約5.7万人から2021年には約5.2万人へと減っています。地方の人口減少が拍車をかけるりんご産地の多くは地方に位置しています。日本全体で人口減少と高齢化が進む中、地方ではその傾向がより顕著です。働き盛りの若者が都市部へ流出し、そもそも「働く人がいない」という根本的な問題に直面しています。人口の少ない地方では、他の職業との人材獲得競争も激しく、農業の働き手を確保するのは容易ではありません。労働条件の曖昧さが新規参入を阻む就農者が減少し続ける背景には、労働条件の曖昧さがあります。一般的な企業では勤務時間や給与形態が明確ですが、農業では有給休暇や労働時間の管理、人材育成評価の仕組みが定められていないケースも見受けられます。外作業が多いりんご農業では、高温期や寒冷期に過酷な環境下での作業が続きます。トイレなどの衛生環境が未整備の場合もあり、想像以上の重労働に直面して辞める人も少なくありません。気候変動がもたらす栽培環境の激変地球温暖化は、りんご農業に深刻な影響を与えています。理想的な気候条件が失われつつあるりんごの栽培には、年間平均気温6〜14℃という寒冷な気候が適しています。昼夜の寒暖差や成熟期の気温が、りんごの色づきや味わいを大きく左右します。そのため、穏やかな夏と厳しい冬のある青森県の津軽地方は、日本最大のりんご産地となってきました。しかし、近年は温暖化の影響で栽培環境が年々変化しています。りんご栽培における4〜10月の理想的な気温は13〜21℃ですが、2021年以降、夏の平均気温はどんどん上昇しています。2013年以降、青森県の年間平均気温は3℃も上昇しました。着色不良と病害虫の拡大気温上昇は、りんごの着色不良や着色遅延、日焼け果などの影響を引き起こしています。将来的には、2060年代には現在のりんご主力産地の多くが暖地りんごの産地と同等の気温になると予測されており、適応策をとらない場合、東北中部の平野部まで現在よりも栽培しにくい気候となる可能性があります。気温が上昇すると病害虫も拡大する可能性があり、防除を徹底する必要があります。暑い時期が長く続くと、その分防除にかかる期間も長くなってしまいます。防除暦の重要性と限界青森県のりんご栽培では、防除暦と呼ばれる県や各JA自治体が作成する農薬散布スケジュールが活用されています。県や各JA自治体は、気温の上昇に合わせて防除暦を作成し、病害虫の被害を最低限に抑えるために尽力してきました。しかし、2023年の夏は記録的な猛暑となり、9月以降も33℃以上の真夏日が続いたことで、りんご栽培に大きな影響をもたらしました。気候変動は病害虫の発生タイミングにも大きく影響し、防除暦に加えて気象状況に応じた柔軟な農薬散布が課題となっています。労働力確保と作業の季節変動りんご農業では、仕事量の不安定さも人手不足の原因となっています。繁忙期と閑散期の極端な差農業は1年を通して安定した作業量があるわけではなく、限られた時期にのみ多くの労働力が必要です。耕耘や種まき、収穫などの時期以外は作業量が減る傾向にあり、仕事の安定性に欠けます。季節ごとに繁忙期・閑散期があり、年間を通して常に仕事があるわけではない点も、人手不足が深刻化する要因の一つです。一方で、短期的な農業従事者は増加傾向にあります。背景には、アプリなどで簡単に申し込めるという入口のハードルが低くなったことや、働き方の多様化による都合のよいタイミングで働きたい人とのマッチングなどが挙げられます。専門知識と技術の継承問題りんご栽培は単純作業だけでなく、専門知識や技術を要する場面も多くあります。生食用を目的とした慣行栽培では、袋掛けや反射シート敷き、実まわしなどの着色管理は手作業で行われ、出荷基準が厳格であるため作業には高い技術が求められます。必要な知識やスキルをもつ人材を短期雇用者で確保することは容易ではありません。人材確保のためには、農業を安定した職として整備し、継続して従事してもらえるよう努力する姿勢が欠かせません。解決策①:貯蔵技術の革新と活用りんごは冷蔵庫で比較的長く保存できる果物です。温度や湿度の管理をすると、鮮度を保ちながらゆっくり熟し、香りや甘味が変化していくのも楽しみのひとつです。旬の時期に収穫されたりんごが冬まで店頭に並ぶのは、産地の貯蔵技術と管理体制が確立されているからです。この貯蔵技術をさらに進化させることで、出荷時期の調整や品質の安定化が可能になります。長期貯蔵施設の整備は、周辺産業とも結びついており、果樹園と周辺産業の両方に配慮し、計画的に適応策を進めていく必要があります。解決策②:スマート農業の導入と省力化IT技術の導入により、りんごの労働生産性を高めた事例も出てきています。高密植わい化栽培という革新従来のわい化栽培と比べて、大幅に作業の省力化・軽労化と反収アップを図れる「高密植わい化栽培」という革新的技術があります。この技術は、機械化を前提とした栽培方法で、反収や必要経費を大きく改善できる可能性があります。生食用りんごの栽培方法は加工用に比べて機械化が難しく、機械化を導入するには園地の改植が必要ですが、わい化栽培技術やスマート農業の導入により省力化を推進している産地もあります。加工用りんごへの転換昨今需要が高まっている加工用りんごは、生食用に比べると機械化や省力化が容易です。生食用よりも低価格になりますが、見た目が重視されないため葉摘みや実まわしなどの作業にかかる労力や時間を大幅に削減できます。多少の傷や変形を許容する買い手がいることも、機械化や省力化が進んでいる要因の一つです。カットフルーツやフルーツジュースなどの需要の高まりから、今後は業務用・加工用りんごの需要が高まると考えられます。解決策③:他産地からの学びと適応温暖化や気候変動が続く中、りんご栽培の未来は決して暗いものではありません。温暖地でのりんご栽培事例りんごは日当たり、通気性、水はけのよい土地が栽培適地です。必ずしも寒冷地でないと栽培できないわけではありません。世界一の生産量を誇る中国では、北緯35°以南の地域でもりんご栽培が活発に行われています。北緯35°は、日本でいえば兵庫県や広島県などとほぼ同緯度の地域に当たり、寒冷地以外でのりんご栽培が可能であることがわかります。産地間の技術交流青森県のりんご農家の中では、県外のりんご農家へ研修に赴き、気温条件が異なる地域のりんご栽培を学ぶ動きが高まっています。この先、気温がさらに上がることはあっても涼しくなっていくとは考えにくく、青森県のりんご栽培を守るためには他のりんご産地での事例を学び、自分達の農業に生かす必要があります。国内生産量2位の長野県や福島県など、青森県よりも南にあるりんご産地で栽培技術を学び、青森県での栽培に生かす取り組みが進んでいます。解決策④:農地集約と大規模化人手不足解消のためには、オーナーごとに細分化された農地を集約する方法があります。規模の拡大を図ることで、機械の導入もしやすくなるため、作業の効率化を目指せます。農林水産省においても全国に農地中間管理機構の設置を進めており、点在した農地や耕作放棄地などを借り上げたうえで、拡大を目指す農家へ転貸しています。農地集約・大規模化に伴い、法人化する動きも高まっています。りんご作農家の規模別農業所得を見ると、3ha以上の規模になると小規模の園地と比較して飛躍的に所得が上がることがデータで示されています。まとめ:りんご農業の未来に向けてりんご農業は、高齢化による担い手不足、気候変動の影響、労働力確保の問題など、多くの課題に直面しています。しかし、貯蔵技術の革新、スマート農業の導入、他産地からの学び、農地集約といった解決策も着実に進んでいます。2023年産のりんごは、開花期の凍霜害や果実肥大期の高温・少雨などの影響で出荷量が前年比18%も減少し、不足感が増しています。出荷量の減少に伴い、りんごを含む国産果実の卸売価格は上昇傾向にあります。需要に応じた品質と生産体制が実現できれば、りんご農業は将来的にも稼ぎ続けられる品目です。日本の食卓に欠かせないりんごを未来につなぐため、産地・農家・消費者が一体となった取り組みが求められています。